ちば環境情報センター
2004.10.6 発行    ニュースレター第87号
代表:小西由希子

目次
  1. 日本でのノンフロン冷蔵庫誕生ヒストリー
  2. 印旛沼でカヌーをしながら水環境学習
  3. 第2回「カヌー体験と水環境学習」に参加して
  4. 環境アセスメントの学習会に参加して

日本でのノンフロン冷蔵庫誕生ヒストリー

松下電器産業株式会社 松下ホームアプライアンス社 滋賀県草津市 秦 聖頴  

1.日本で欧州に比べ
冷蔵庫のノンフロン化がなぜ遅れたか
「フロンガス」は不燃性で、冷却用の冷媒にまた断熱材発泡剤の理想的なガスとし1960年頃から欧米の先進国を中心に使われてきました。しかし、1985年に南極でオゾンホールが発見され世界中の問題となり、オゾン層破壊物質(特定フロン等)の規制が始まりました。代替物質として、オゾン層を破壊しない代替フロン(HFC)が開発され普及してきましたが、代替フロンは、地球温暖化をもたらすとの問題から、温室効果ガスの排出抑制対策として、1997年、「京都議定書」が採択され、日本も2002年に批准しました。
このような、世界的なフロンガスへの規制に対して、ドイツでは環境保護団体・グリーンピースの委託で当時の東ドイツのメーカーにより、1993年から冷媒にも断熱材発泡剤にもフロンを使わないノンフロン冷蔵庫が商品化されました。
しかし、冷媒がイソブタン(R600a)で可燃性(従来は不燃性)のため、環境にはよいと判りながらも、日本では欧州よりノンフロン冷蔵庫の商品化が遅れました。

表.冷媒の特徴
R600a(ノンフロン) R134a(代替フロン) R12(特定フロン)
ODP(オゾン破壊係数) 0 0 1
GWP(地球温暖化係数) 3 1300 8100
可燃性(爆発限界濃度) 1.8〜8.4% 不燃 不燃
冷凍能力(比率) 53% 95% 100%
理論効率(比率) 106% 101% 100%

 欧州と大きく気候、風土、文化の異なる日本では冷蔵庫の形態も、欧州は直冷式冷蔵庫、日本は電気部品の使用が多い間冷式冷蔵庫を使用しており、冷媒に可燃性ガスをつかうということは対象の法律も大きく広がり、商品の開発のみならず、従来のインフラ(設計・製造・輸送・保管・設置・修理・廃棄・リサイクル等のライフサイクルでの課題)の全てを見直す必要がありました。到底、1社の力ではできるものでなく、同業他社、認証機関、行政、大学等関連業界の協力がないとなしえない大きな課題がひそんでいました。
また、安全に生産するために多額の設備投資が、そして冷蔵庫も安全性をあげるためコストが必要(材料費アップ)との課題が、それにもまして、仮に商品化しても、環境に優しいというだけでお客様が買ってくれるのか?(現行商品とコスト・安全性を比較)
当時日本では、PL法の制定が検討されており、火災事故時、冷蔵庫に疑いがかかった時(類焼疑い)に裁判で実証できるのか?といった数多くの課題があり、現時点では、日本での「商品化は無理もうチョット先」が、業界、行政の大方の見方でした。

2.NGO(グリーンピース・ジャパン)の後押し
環境対応への取組みということでは、1990年当初より松下グループは「地球環境との共存(グリーンプロダクト)」をターゲットに積極的に環境問題に取り組んでおり、当社が最初に、オゾン層保護のため93年に冷媒を特定フロンから代替フロンに替え、オゾン層破壊ゼロの冷蔵庫を発売しました。その後も96年には地球温暖化防止京都会議会議前に断熱材発泡材を代替フロンからノンフロンのシクロペンタンにきりかえました。その様な活動がグリンピースから評価されたこともあり、環境情報交流を積極的に行っておりました。
しかし、その後97年12月にCOP3が開催され、HFCが抑制対象物質になり、直後の3月にグリーンピースから日本の冷蔵庫メーカー8社に対し「HFCやHCFCも使用しない冷蔵庫のは発売予定はあるのか?」との公開質問状が送られてきました。そのころからノンフロン冷蔵庫の発売要請への強請活動が松下に絞った形で始まりました。ハガキキャンペーンやらペンギンキャンペーンやら当社への経営トップへ商品化に向けた激しい直接要請を受け何度も「発売時期を明確に!」を繰り返えされ、現在の状況「発売予定はあるが、上記の課題があり発売時期は未定」を説明いたしましたが、粘り強く何度も要請されました。本当に当時は困惑の極みでした。

3.日本でのノンフロン冷蔵庫の誕生
このような状況から、行政からも他社からも「松下だけの問題ではない」ということとなり、業界関
係の支援を頂けることとなりました。その後業界の安全自主基準を2001年10月までに作成するとの業界の内諾をえたことで、松下としてグリーンピース・ジャパン(1999年末)に「2002年末までにノンフロン冷蔵庫を商品化する」との約束をいたしました。
その後は、今回の可燃性冷媒のR600aを冷蔵庫に採用するために、日本電機工業会を軸とした業界全体が、一枚岩となり「設計・製造・輸送・保管・設置・使用・修理・サービス・廃棄・リサイクル」の冷蔵庫のライフサイクル全体をみての課題を全社一丸となり、抽出整理し、リスク計算、安全検証実験、安全基準サービス対応マニュアル作成等、各種の安全性確保にむけ取組み、極めて短期間で業界の冷蔵庫の設計する上の冷蔵庫の安全性確保のための自主基準を公表期日までに策定し、その半年後に電気用品安全法の改正に落し込む等のインフラの整備が構築が見込めたことにより2月に、ノンフロン冷蔵庫の発売に踏み切りました。

4.今回のノンフロン冷蔵庫開発での協働/対立取組みから
振りかえってみると、基本的には地球との共生・環境重視の流れが強かったといえますが、グリーンピースの強請が、業界の価値観のフラット化や業界の一枚岩化による、インフラの整備への強烈な後押しの役割を果たしたといえると思います。がしかし業界だけにリスクを負わせる進め方に今後の企業とNGOとのありかたを考える必要があると思います。  
今後の企業とNGOとのよりよい関係のあり方としては、環境対応商品開発促進への消費者と企業とのパートナーシップ(役割分担)が必要ではとおもいます。
例えば、企業側は消費者に理解しやすい商品情報・環境情報の積極開示が必要であり、又消費者は、環境対応商品の優先的購入して頂く。といったことで地球との共存を考えようではありませんか。


印旛沼でカヌーをしながら水環境学習

 2004年9月 4日、「NPOによる公募型環境学習「第2回カヌー体験と水環境学習−」(主催:千葉県,企画・運営:NPO法人ちば環境情報センター)が行われました。
午前中は、印旛沼中央排水路でのカヌー教室。主任講師に瓜生達哉氏迎え、佐倉市カヌー協会の指導により、カヌーを楽しみました。カヌーをしながら、飲料水にもなっている印旛沼の汚れ具合や水の臭いなどを実感できました。今年も、中央排水路の水を、全身で感じた参加者が1名出ました。
午後は岩名運動公園会議室で、千葉県環境研究センターの藤村葉子氏を講師に、下水道を中心とした水環境の現状や問題点等の講義を受けました。またカヌー体験時に採取した印旛沼の水のCODをパックテストで調べたり、透視度の測定をしました。
最後にちば環境情報センターの小西由希子代表の司会で、今私たちができる水環境保全などについてみんなで意見を出し合いました。
昨年同様、楽しみながら水環境について考える、有意義な講座になりました。     (事務局)


第2回「カヌー体験と水環境学習」に参加して

千葉市花見川区 宇井 奈美子 

 くもり空・・・カヌー体験の日の空は、かろうじて雨が止んでくれた。結婚当初からカヌーをしたいと言っていた夫は、このイベントをとても楽しみにしていた。私は、あまり興味がなく付き添いで行った。というのも、パパの休みの日を「あと何回寝たら休み?」と毎日指折り数えている3歳の息子とパパを離れ離れにすることに気が引けたからだ。
ところが、印旛沼に浮かぶカヌーを見ていると、想像していたよりもとても水辺が近くに感じられる。やっている人たちも何ともリラックスした様子に見えた(やってみたら結構大変)。楽しそうだ。

印旛沼中央排水路でカヌー体験
水の色やにおいを肌で感じることができる
講師からパドルのさばき方を学ぶ

 いつもは消極的な息子もめずらしく「ジュンもお船に乗りたい。こんなにゆっくりなら・・。ふわーって。」と言い始めた。ご好意で二人乗りのカヌー?にパパと乗ることになった。「おまえもやっとけ。いつか家族でカヌーする時のために・・」とあくまでも自分の遊びに参加させるために私の背中をおす夫にはしゃくだったけど、私もやってみることにした。
「ひっくり返って水に落ちる人はほとんどいない、と言っていたけれど大丈夫か・・・そんな人の一人になったりして・・」と思いながらひとかきすると、ぐらっと大きくカヌーが揺れてまんまと水の中へ落ちるのかと思ったが、かろうじて持ちこたえた。不安定なこの感じ。思うようにパドルも扱えない。地元の高校生たちのこいだあとの水辺の模様は何とも美しくて、まるで生きているかのような水の流れだ。「あんな風にできたらなあ」と思いながら、ひとかき、またひとかき。すぐにカヌーはくるりくるりと回転する。回転しないようにしようと思うと、ずっと右ばかりこいだり、かと思うと左ばかり・・・。「右、左、右、左、と交互にリズミカルにできないかなあ」と思ってばかりいた。でもこのすぐにはうまくできないところが人をムキにさせるのか、私はとにかく、慣れろ、慣れろと本当にムキになってこいだ。「真っ直ぐ進まなくてもいいや」そう思うと、時々、本当に時々、水とカヌーと自分が一体になれた気がする瞬間があった(あくまでも気がしただけだが・・・・)。それまでは、自分の体はカキコキ、まるでロボットのように不自然で、「カヌーさん、すみません、乗せてください。印旛沼さん、ちょいとお邪魔します。」という感じだったのが、「それー。落ちたっていいやー。」ぐらいに思えたら、とっても楽しかった。それもこれもカヌーの先生方のアドバイスが見事だった。人をやる気にさせてくれるものだった。「真っ直ぐ進むようになるのは一年かかるよ。真っ直ぐ進もうと思わないほうがいい。水になれて覚えていけばいいんだよ」と言われ、「そんなにかかるのならいいや、今日は楽しんじゃえ」と気が楽になったのだ。

「沈」をして、頭上からはパドルの追い打ち 午後は藤村葉子氏を講師に下水道の話を中心に水環境学習

 また、素敵な人たちに出会えたなあと思えた一日でした。
いつもの下大和田の田んぼとは、一味もふた味も違う水との遊び・かかわり方で、水に浮かんで自分で風を作って感じる心地いい疲労感が味わえた。
自然とのかかわり方を常に考え、自然への尊厳を抱きながら活動する人たちに見守られながら、両親だけでは学ぶことのできないものを感じて、今日も過ごした息子はとても幸せ者だと常々思う。息子の「船に乗りたい」・・・この言葉は、この一年間、下大和田の田んぼで関わっていただいた皆さんのあたたかいまなざしが、きっと言う勇気を与えてくれたのだと思えた一日でした。また、私にムキになるひとときをプレゼントしてくださり、ありがとうございました。
心地よい筋肉痛とともに感謝をこめて。

参加者一同満足した学習会でした

環境アセスメントの学習会に参加して

船橋市 長 正子 

 9月11日、千葉市民活動センター会議室で行われた、谷津田・里山レンジャー養成講座第2回「都市計画と環境アセスメント」(主催:千葉県,企画・運営:NPO法人ちば環境情報センター)に参加しました。
環境アセスメントとカッコよく言うけれど、本当のところ、開発を止める働きをしてくれるの?私たちの自然を守りたいという気持ちに応えてくれるものなの?という疑心暗鬼の思いが渦巻く中で、大手の建設会社に勤めていらっしゃる小田信二氏が、ご自身の経験もふまえて、環境アセスメントの手続きと展望についてわかりやすく説明してくださいました。

講師の小田信治氏は昨年レンジャー受講生だった

環境アセスメントというのは大規模な開発事業や工事(ダム、道路、宅地開発など)が行なわれようとするとき、その工事に先立って、その工事が環境に及ぼす影響を事前に予測、評価しその結果をもとに環境保全対策を講じる手続きのことをいいます。
開発工事をする事業者自身が現地の調査をし、設定した環境目標がクリアーされるかどうかを予測し、もしクリアーしなければフィールドバックして工事の計画を見直すという作業をしながら評価書を作成し、行政に提出。行政はそれを住民に縦覧。住民は公聴会などを通じて意見を言うことができる、という仕組みになっており、その法律(環境評価法)が成立、公布されたのは1997年、施行されたのは1999年で成立するまでに15年もかかったのだそうです。
しかし、実際に現況調査をし、予測評価をするのは事業者から委託された環境コンサルタント会社なので、希少生物が沢山出てきたりすると、「ちょっとまずいんじゃないの?」といって、数を減らしたりすることも以前はあったとか。もっとすごいのは実際の現地を全く見ずに、地図だけでリゾート施設の設計図などを書いていた時代もあったこと(20年くらい前)等、小田さん自身の経験を披露されました。
けれど、今は宅地開発の予定地にリスの生息が確認されたときは、リスの橋(オーバービレッジ)を作るなど、周辺の生物環境に配慮した設計を行って、高い評価を得ているとのことでした。
開発のGOサインはあくまでも市長が最終的に判断するもので、それに対して市民の意見や運動は大きな判断材料になるので重要であること、その土地に関心をもって関わってゆくことが大事であること、工事が実施された後も目標の環境基準が守られたかどうかを監視することが大切であることを述べられました。
また、いままでは計画が煮詰まってから発表されるアセスメントでしたが、これからは計画の早い段階からのアセスメント(戦略的アセスメント)が重要になることなどを、お話いただきました。
自然環境を守りたい自然保護団体と利益を最大限追求したい建設会社とのはざ間で、苦心しているコンサルタントの方の姿がほんの少しわかってきましたが、やはり、自然を守りたいという熱意と関心が一番大切なんだと思い知らされました。


編集後記:10月2〜3日に行われたこども環境講座にスタッフとして参加しました。昨年の反省をふまえて、1年がかりで考えたプログラム。昭和の森や近くの小山町谷津田を探検した33名のこども達が、生き物に出会うたびに見せた輝く目とあふれる好奇心に、デジタル教育のもとに埋没しかけた能力を感じました。 mud-skipper