ちば環境情報センター ニュースレター 

ちば環境情報センター > ニュースレター目次>ニュースレター第204号 

2014.7.7 発行    代表:小西 由希子

目   次

  1. ダーチャサポートプロジェクト始動 -その1-
  2. 「谷津田の生きものが語る」シリーズ5
  3.  中村さんの新築を見学して
  4. 講演会「東日本大震災被災地の海岸で起こっていること・考えたこと」から
      ~未来に何を残すのだろう~
  5. 貝のよもやま話 16 -館山湾の貝-

ダーチャサポートプロジェクト始動 -その1-

㈱高田造園設計事務所代表取締役 高田宏臣 

 ここは山梨県北杜市。西に南アルプス、東に八ケ岳連峰と、日本を代表する中部山岳の山々に囲まれた冷涼な高地、その山間に風景に溶け込むのどかで美しい暮らしの風景が今も変わらずに見られます。
 登山に明け暮れた若い頃、山に向かう中央本線の車窓から見たこんな風景は今も変わらず、ここではまるで何十年も時が止まっているような、そんな懐かしさを感じます。
 連休明けの7日から、NPO立ち上げ準備会合のために、この地を訪れました。 今私たちが立ち上げの準備を進めているのは、「NPOダーチャサポート」と言います。

 

 今後その活動を通して、里山や耕作放棄地の再生、食糧・エネルギーを含む自給的暮らしの場を多くの人に提供していきたいと考えております。また同時に、自然とかけ離れてしまった街の人たちに週末田舎暮らしの場を提供し、様々な形で自律した自然共生型の暮らしのサポーをトしていきます。 
 ここで少しばかり、ダーチャというものについて紹介したいと思います。 ダーチャとは、ロシアにおける、簡易ハウスのある菜園用地を言います。都市郊外の自然豊かな田舎にダーチャ村は点在し、今も8割以上のロシア人世帯が、ダーチャを所有しています。
 彼らは普段は都会のアパートなどに居住し、週末には家族と共に郊外のダーチャで過ごすことが多いようです。7年前、ロシアサンクトペテルブルグ市で催された日本庭園講座開催のためにロシアを訪れた時、初めて私はダーチャの存在を知りました。
 週末を彼らのダーチャで過ごさせていただき、都会を離れ、大地と共に生きる時間をとても大切にする、陽気なロシアの方々と共に暮らす中で、日本人もこんなライフスタイルが実現できれば、人も社会もどれほど心豊かなものになるだろうと、強く感じたのです。

 これはハバロフスクの夏のダーチャです。ダーチャの一区画は平均200坪から250坪程度で、彼らはそこに自分で家を建て、果樹を植え、畑を耕しながらゆっくりとした田舎の時間を楽しんでいるのです。
 ダーチャの畑です。夏のダーチャは一年を通して最も美しい時で、野菜に穀物、果物と、様々な作物が次々に実ります。ロシアの多くの人は今も、ダーチャで自給的な作物栽培を続けているのです。
 実際に、ダーチャでの食糧生産は大変なもので、例えばロシア全体のジャガイモの8割はダーチャで自給的に生産されていると言います。
 かつてのソ連崩壊における経済危機の際にも、彼らにはダーチャがあったおかげで、一人の餓死者も出さなかったのです。 

 上の写真は、ペチカというロシア特有の薪ストーブです。数本の薪で一晩中家を温め続けるほどの、驚くほど効率のよい構造になっているのです。薪をくべて扉を閉め、煉瓦の壁の中にくねくねと張りめぐらされた煙突から煙の熱が壁面に蓄熱し、壁全体を暖めるのです。
 薪は暖房だけでなく、炊事やバーニャと呼ばれるロシア家庭の伝統的なサウナなど、暮らしの中の主要なエネルギー源として、ダーチャ村では多用されます。
 自給的な暮らしのダーチャ村では当然、周囲の森から薪を伐りだします。一つのダーチャ村は数百世帯程度で形成されているので、周辺の山から相当な薪の伐りだしが必要になります。(次号へ続く) 


「谷津田の生きものが語る」シリーズ5

スズメバチのアビちゃん-千葉市緑区下大和田の森に在住-
聞き手:千葉市中央区 水内 伸一 

 あー、痛たたた。どうしたのかですって?カブトムシとの樹液の場所取りに負けてしまったのです。せっかくカナブンを追い払って良い場所を確保したのに。
 私はオオスズメバチのアビといいます。働きバチなのでメスなんですよ。私たち成虫の栄養源は主に炭水化物で、よく樹液に集まります。あー、今またオオスズメバチが1匹樹液に来ましたよね。このオオスズメバチは同じ巣の仲間なんですよ。私たちには餌場の縄張りがあり、ここに他のスズメバチが来ると争うんです。皆さんもカブトムシやクワガタなどの観察をする時は気を付けてくださいね、私たちは餌場を守ろうとする習性が強いので、刺激されると攻撃しちゃうことも有りますよ。
 何々、私たちオオスズメバチの事をもっと知りたいですって?しょうがないなー、では特別に教えちゃいますね。
 まず5月の上旬位から越冬した新女王バチが、地中や樹洞に巣作りを始めます。樹皮とだ液を練って巣を作るので、5月の観察会でも木をかじってる女王バチを見かけた人もいるんじゃないかしら。私たち働きバチが羽化するまでの約1か月半は女王バチが単独で巣作りや子育てをするんですよ。
 7月頃から働きバチが羽化し始め、数が増えてきたら女王バチは産卵に専念するようになり、巣作りや子育ては私たち働きバチがやるようになります。幼虫の餌はコガネムシや大型のガの幼虫などで、代わりに終齢幼虫の唾液線から分泌される栄養液をもらってるんです。ただ、数が増えてくるとそれだけでは足りなくなり、こうして餌を求めて樹液にも集まるんですよ。
 
 9月頃になるとオスバチが羽化し始め、新女王バチは10月位から羽化し始めます。実はオスとメスの産み分けが出来るんです。受精した卵から生まれるのがメスなんですよ。そうそう、9~10月は、特に攻撃性や威嚇性が強くなるので、注意してくださいねー。森を歩いていて知らずに巣の近くを通ると振動で刺激を与えてしまうこともありますので。
 そして、新女王バチの羽化時期の午前中、巣の周りを多数のオスバチが飛び回り、新女王バチと交尾します。交尾を終えた新女王バチはそのまま、朽木の中などで越冬するんですよ。
 どうです、ざっとこんな感じが私たちオオスズメバチの生活です。それと最後に、私たちは香りにも敏感なので、女性のお化粧やこどもさんのジュースの飲み残しにも気を付けてくださいね。また黒色に対しては激しく攻撃するので服装も白っぽい色を選んで観察会に来てくださいね。
 私たちにとっても、この下大和田の環境は素晴らしいところなんです。ちば環境情報センターの皆さん、ぜひこの環境をいつまでも保ってくださいね。
    参考文献:山内博美(2009) 都市のスズメバチ 中日出版社
    写真:網代春男氏・下大和田で撮影
 

 中村さんの新築を見学して

市原市 南川 忠男 

 6月28日に山武市に地元の山武杉で作られた中村彰宏・真紀さんの木造のおうちを見学させていただいた。3人のこどもさんも歓迎してくれた。
 太陽光発電パネルを設計途中で追加することになったので、屋根の向きを変えたとのこと。見学会には市議会議員の方など同じ時間帯に17名も来られていた。家に入る前から杉の芳香が気持ちよかった。中に入ればずっとその香りに包まれ、木の温かみのある色彩に囲まれ、初めての家ですがリラックスした。生後3カ月のたける君を30分くらいだっこしていたら、私がしゃべる繰り返し言葉が子守歌になったのか寝てしまった。

   


 暖房がいい。玄関左のボイラー室には薪ボイラーが設置され、普通の家庭では熱利用の1/3は風呂や皿洗いなど低温熱源に都市ガスを使われるが、ほぼこの薪ボイラーが賄う予定になっていた。又、室内暖房も柔らかい暖かい空気を室内に送り込むので家全体が均等に暖かくなるメリットがありる(稗田忠弘設計士談)。300m北に見える小学校も、どこかの私立幼稚園かと思うような斬新な形で、長女は来年から通う。近くに川が流れ、森も近いいい環境だ。
 地元の木材を使い、地元の方に設計してもらい、地元の職人が作るこういう家づくりがもっと広がると林業が盛り上がると思った。

講演会「東日本大震災被災地の海岸で起こっていること・
考えたこと」から  ~未来に何を残すのだろう~

千葉市花見川区 麻生 恵美子 

 震災後の2011年7月に初めて仙台市若林区、岩手県大槌町を訪ねた。それ以来、年に数回釜石市や大槌町の仮設住宅集会所でボランティア活動をしているが、最近特に感じることは、仮設住宅に籠りがちな方たちの自立がもっと促進されれば心の安定と将来への希望が取り戻せるのではないかということである。
 大槌町は岩手県の沿岸部に位置し県内では最大の被害を受けた。町の52%が浸水し、町役場も壊滅して人口の10%近くの方が亡くなりいまだに行方不明の方もおられる。この数字は被災を受けた都道府県の中で最も高いと言われる甚大な被害である。このような見聞情報や現地での状況から復興の現状を私なりにとらえてきた。
 今回講演会のタイトルに惹かれて拝聴したが、壊滅とされた自然がゆっくりと再生していることに驚かされた。砂浜や干潟が徐々に元の姿を取り戻していること、それに従って動植物も少しずつ以前の姿に戻りつつあること、その理由の一つが3月上旬という東北では寒い時期で植物がまだ活動し始める前だったということである。このことが生態系に与える影響を考える際に重要だという。そして、自然の持つ復元力の速さは予想をはるかに上回っているそうである。生態系に疎い私には新鮮で、強烈だった。復興や復旧が論じられる際には、一方向だけではなく多面的な視点が必要であると改めて学ばせていただいた。
 地元の方たちの多くは仕事を失ったり、生まれ育ち慣れ親しんだ海辺を離れざるを得なくなったりして、これまでとは違った環境での避難生活を強いられている。仮設住宅や避難地域での生活ではなかなか展望がもてず、不安を抱え、無気力になりがちであるが、未曾有の津波を乗り越えて逞しく復活したこの海辺の自然や動植物の様子を観察できるような催しがあれば心の慰めになり、少しでも希望がもてるのではないだろうか。
 一方で、砂浜の防潮林の復旧事業はせっかく再生してきた生き物たちや新しいハビタットでの希少種を埋め尽くしてしまうという現実があり、生態系にとっての危機であるという。


        

貝のよもやま話 16 -館山湾の貝-

      千葉港ポートパークかもめのクリーン隊 千葉市中央区 谷口優子  
 梅雨の晴れ間の6月15日(日)千葉県生物学会のみなさまと館山湾で海岸の貝拾いをしてきました。千葉県の海は外房、内房、九十九里、銚子、内湾とさまざまな表情を持っています。中でも内房、とりわけ館山湾は貝の種類がとても多く、波も比較的穏やかなので安心してだれでも貝を拾うことができます。
         
●北条海岸は館山駅西口からまっすぐ行ったつきあたりの砂浜です。波がおだやかで海水浴には最適の海岸です。ここではキサゴ、ツメタガイ、バカガイ(アオヤギ)、カバザクラ、クチベニ、などが採れました。
●沖ノ島は航空自衛隊館山基地の先にある無人島です。近年ネットなどで有名になった人気の自然体験スポットです。この日は運よくベニガイが拾えました。
その他にはチグサガイ、イトカケガイ類、タカラガイ類、などたくさんの種類を採集しました。
●坂田(ばんだ)海岸はイルカの耳骨が拾える浜、として地元で有名です。
この日も耳骨を拾ったラッキーな方がいたそうです。北条海岸と同じ館山湾とは思えないくらい拾える貝の種類が違います。タカラガイ類、イモガイ類、フデガイ類など南方系の主に巻貝がたくさん拾えます。

 この日は3か所でおよそ140種類の貝を拾うことができました。
貝を拾うのは誰でもできます。でもせっかくですからその先、標本を作ってみましょう。
① 貝を水道水でよく洗い、陰干しにする。フジツボなどのついた貝はナイフやカッターで落とす。
② チャックつきのビニール袋に1種類ずつ貝をいれる。殻の薄い貝は標本ケースに入れる。※1
③ 同じ種類の貝でも海岸ごとにすると地域差の違いがみえておもしろい。
④ 貝の名前、拾った海岸、日付をつける。(貝の名前はわからなかったらむりに付ける必要はないので空欄にしておく)※2

※1 鳥羽水族館の通信販売が便利
※2 千葉県立中央博物館で8月23~24日に標本同定会で見てもらえる
    谷口でもよろしければご連絡ください。

 こうすると貝は貝殻ではなく立派な標本になります。貝の標本は扱いやすいのでタイムカプセルになります。あの日どこでなにを拾ったかラベルを見ると思い出されます。千葉県立中央博物館の夏の企画展は「図鑑」です。ぜひお気に入りの1冊を見つけていただきたいとおもいます。
   

 今年もやります「都川川遊び」7月21日10時 現地集合 (詳細はチラシで)

【発送お手伝いのお願い】

ニュースレター2014年月8号(第205号)の発送を8月11日(月)10時から事務所にておこないます。発送のお手伝いをしてくださる方を募集しています。よろしくお願い致します。


編集後記: 6月7日の総会では活発な意見交換を経て、全議案が承認されました。総会後、原慶太郎さんの講演会には50名が参加し、東日本大震災の津波被害を受けてもなお、多くの生きものが復活している現状が報告されました。新しく5人の理事が加わり、これからも充実した活動にしていきますので、皆さんこれからもよろしくお願いします。 mud-skipper